2026年8月高得点ランキング
AI俳人の採点ランキング1位~3位の発表
1 93点 閑々
故郷は水の底なる魂祭
AI芭蕉 講評
水の底に沈んだ故郷を、魂祭の季節に思う。たった一行で、失われた土地と帰ってくる魂とが深く結ばれています。「水の底なる」が強く、村や家や道を直接語らずとも、取り戻せない時間まで見えてきます。魂祭という季語も、死者を迎える心を支え、句の重みを過不足なく受け止めました。説明に流れず、景と祈りが一体になっているのがよいところです。水面の下で、灯されぬ灯の気配が揺れています。
1 93点 弓音
露天風呂遠くの闇に稲光
AI芭蕉 講評
露天風呂の湯けむりの向こう、遠い闇に稲光が走る。身体は湯に包まれ、目は一瞬の光へ引かれる。その隔たりがよく効いています。稲光は秋の季語として鋭く働き、闇を破る白さが露天の静けさを深めました。「遠くの闇に」と置いたことで、怖さよりも距離のある美しさが立ちます。湯の温かさと空の冷たい閃きが、一句の中で過不足なく触れ合っています。光ったあと、湯面だけが少し揺れたようです。
1 93点 ゆうた
盆棚の果物だけに息がある
AI一茶 講評
盆棚に供えられたものの中で、果物だけが息をしているように見える。亡き人を迎える静かな場で、生きた瑞々しさがそこだけに宿る感覚が鋭いです。「果物だけに息がある」と言い切ったことで、線香の煙、位牌、花の静けさとの対比が強く立ちます。皮の艶や甘い匂いまで近く、盆の家の空気がよく見えます。これはいい句です。供物を通して生と死が一つの棚に並ぶ、その気づきに深さがあります。強いて言えば、果物の名が一つ入ると色はいっそう鮮やかですが、この抽象のままでも余韻は十分です。
1 93点 かみあそびとぎょ
避難所の残り湯すこし朝顔へ
AI芭蕉 講評
避難所の残り湯を、少しだけ朝顔へやる。その行為に、非常の中でも花を忘れない心が静かに表れています。水ではなく「残り湯」としたことで、暮らしの不自由さと人の温もりが同時に滲みました。朝顔は小さな季語ですが、この句では避難所の硬い現実をやわらかく受け止めています。説明を加えず、物と動作だけで十分に届いているのが強いところです。湯のぬくみが冷める前に、蔓は朝へ向かっています。
1 93点 雲翔楽
風鈴や風のかたちを先に知る
AI芭蕉 講評
風鈴が、目に見えない風のかたちを先に知る。音を聞く前に、風そのものが小さな器へ触れているようで、発見が澄んでいます。風鈴という季語がよく働き、涼しさを説明せず、音の手前の気配を捉えました。「先に知る」という言い方には少し理が立ちますが、過度に説明へ流れず、余白を保っています。これは軽みのある良句です。人が風と呼ぶ前に、短い音がもう空気をほどいています。
2 92点 出金菩吕
秋風やひとつ増えたる蝋の火
AI一茶 講評
秋風の中で、蝋の火がひとつ増える。盆の送り火か、祈りの灯か、誰かを悼む場面が静かに立ち上がります。「ひとつ増えたる」という控えた言い方に、人の数、願いの数、亡き人への思いが重なって見えます。秋風に揺れる炎は小さいのに、句の奥は深いです。蝋の匂い、薄暗い部屋、手を合わせる気配まで近づきます。これはかなりよい句です。ただ、背景を明かしすぎない良さの一方で、場所は少し曖昧です。それでも、秋風と蝋の火の取り合わせが生死の境を静かに照らし、余韻の強い一句です。
2 92点 ゆうた
ごうごうと肺の底鳴る台風裡
AI一茶 講評
台風の中、ごうごうという音が外だけでなく肺の底まで鳴っている。風を身体の内側で受けているようで、非常に強い一句です。「肺の底」という言葉がよく、恐ろしさを耳だけでなく呼吸の深いところへ落としています。家の隙間を鳴らす風、息をひそめる夜、窓の震えまで迫ります。胸の内まで風が入り込むようです。台風裡という季語も、ただの状況でなく、身の内へ入り込む荒れとして働いています。これはよい句です。強い語が揃っていますが、その強さが台風の圧に見合っています。
2 92点 和田清波
大敷を干すや港の夏の果て
AI芭蕉 講評
大敷網を干す港に、夏の果てが重なっています。漁の道具の大きさ、潮の匂い、網に残る水気まで立ち上がり、季節の終わりを説明せずに見せています。「大敷を干すや」の切れがよく、作業の景を一度大きく開いてから、下五で港全体へ寂しさを広げました。夏が終わるという感慨に頼らず、網を干す現場の実感で支えているのが強みです。日差しはまだ明るいのに、網の影だけが少し秋へ傾いています。
2 92点 行々子
朝影の輪郭薄き白露かな
AI芭蕉 講評
朝の影の輪郭が薄く、そこへ白露の季節が重なっています。光がまだ低く、ものの形がはっきりする前の淡さを捉えた、静かな句です。「輪郭薄き」が効いており、露そのものを描かずとも、空気の冷えと湿りが感じられます。白露という季語もよく働き、暦の語が観念に寄らず朝の実感へ下りています。大きな出来事はないのに、季節だけが確かに変わったことを知らせる。影はまだ、地面に名前を持ちません。
2 92点 黄玉
格子越し祇園囃子や墨の香
AI一茶 講評
格子越しに祇園囃子が聞こえ、そこへ墨の香が漂う。祭の外の賑わいと、室内の静かな手仕事が一枚の格子で隔てられていて、よい奥行きがあります。「墨の香」と置いたことで、ただの町景色ではなく、筆を持つ人の呼吸や紙の白さまで見えてきます。外では鉦や笛が鳴り、内では墨がゆっくり磨られているのでしょう。音と匂いの取り合わせが効き、季語の祇園囃子も暮らしの中へよく入っています。格子の暗さまで感じられる、しっかりした一句です。さらに言えば、筆先や灯の色が一つあれば、余韻はいっそう深まります。
2 92点 あやんぱ
爆竹の煙にたゆたふ精霊船
AI芭蕉 講評
爆竹の煙の中を精霊船がたゆたう。音の激しさと、船のゆるやかな揺れが対照的で、盆の送りの場が鮮やかに見えます。「煙にたゆたふ」としたことで、船は水上だけでなく、白い霞の中にも浮いているようです。精霊船という季語が、死者を送る祈りをしっかり支えています。爆竹の匂い、煙、揺れが一体となり、祝祭と弔いの境がよく出ました。これは景に力があり、言葉も締まっています。
2 92点 康寿
夜明け前墓石冷やせし処暑の風
AI芭蕉 講評
夜明け前の墓石を、処暑の風が冷やしていったように感じる。人のいない時間の静けさと、石の冷えが深く結びついています。「冷やせし」という過去の気配に、夜のあいだ働いていた風が見え、季語もよく効いています。墓石という硬く動かぬものへ、風の見えない手を添えたところがこの句の強さです。やや整いすぎるほど静かな句ですが、その静けさがよい。明ける前の石には、まだ誰の声も届いていません。
2 92点 代々貴
病む友の口に葡萄をそっと入れ
AI一茶 講評
病む友の口へ、葡萄をそっと入れる。看病の場の静けさと、相手を思う手のやさしさがまっすぐ届きます。「そっと」がよく、弱った口元を気づかう息づかいまで感じられます。葡萄の粒の冷たさ、皮の張り、甘みが、病の部屋で小さな命の水分となっているようです。葡萄は秋の季語としてしっかり働き、生と衰えのあいだに置かれて深い余韻があります。これはよい句です。ただ、友の表情や指先の震えなど一つ具体が入れば、やさしさはさらに胸に残るでしょう。温かくも切ない一句です。
3 91点 行々子
台風やちひさきかなへび鉢の下
AI蕪村 講評
「台風や」の大きな気象に対し、「ちひさきかなへび鉢の下」と極小の命を置いた対比がよい。外では風雨が近づく一方、鉢の下には小さなかなへびが身を潜めている。台風の荒さを直接描かず、避難する小動物の位置で見せたところに、写生の確かさと優しさがある。「ちひさき」の仮名遣いも、かなへびの細さや弱さに合っている。季語は台風で明確に働き、鉢の下という低い視点が句を支えている。細部まで具体的で、嵐の前の不安と命の気配が静かに響く佳句である。
3 91点 康寿
蝉しぐれ山を出づれば琵琶湖かな
AI一茶 講評
蝉しぐれの山を出ると、目の前に琵琶湖がひらける。耳を満たしていた蝉の声から、一気に湖の広がりへ出る転換が気持ちよい句です。「山を出づれば」がよく、木陰を抜けた瞬間の光、視界の開け、湖面の明るさまで自然に浮かびます。蝉しぐれという強い夏の音が、琵琶湖の大きな静けさをかえって引き立てています。これはかなりよい句です。湖からの風もふっと来るでしょう。ただ、景は美しく決まるぶん、琵琶湖の色や波の感触が一つあるとさらに独自性が増します。夏の旅情と写生がよく結びました。
3 91点 紫炎
江ノ電の軒先なでる秋の風
AI蕪村 講評
「軒先なでる」と、江ノ電の近さを音や速さでなく、風の触れ方として捉えたところが抜けている。家々のすぐ脇を通る車両が、秋の風を伴って軒先をかすめるため、電車と暮らしの距離が一息に立ち上がる。江ノ電という固有名詞に頼るだけでなく、その土地でなければ生まれにくい狭さと親しさがある。秋の風も軽く、夏の名残を払うように町を通り抜ける。視覚、触覚、生活の気配が無理なく重なり、読後に鎌倉沿線の細い空間が残る佳句である。
3 91点 古舟
ひぐらしの鳴きやみてより風の音
AI蕪村 講評
「鳴きやみてより」と、ひぐらしの声が消えた後の時間を捉えたところがたいへんよい。それまで夕方の空気を満たしていた声がふっと途切れ、その沈黙の中から風の音だけが聞こえてくる。音を重ねるのではなく、消えた音によって次の音を浮かび上がらせた構成に余韻がある。夕暮れの林の奥行きも、耳の変化によって静かに広がる。ひぐらしの季語も、夏の終わりの寂しさと涼しさをよく運んでいる。大きなことを言わず、耳の変化だけで季節の移ろいを見せた佳句で、静かな完成度がある。
3 91点 少路達
ふるさとを去りて久しき鹿の声
AI一茶 講評
ふるさとを離れて長い年月があり、その耳に鹿の声が届く。実際の山の声であっても、記憶の奥から聞こえる声であっても、遠さがよく沁みてきます。「去りて久しき」と抑えて言ったため、嘆きすぎず、胸の底に残る故郷の気配が立ちます。秋の夜気、山際の暗さ、ひとりで耳を澄ます姿まで浮かびます。鹿の声は古くから寂しさを負う季語ですが、この句では故郷との距離に結び、しっかり働いています。類想の圏内ではありますが、声の遠さに人の来し方が重なり、余韻の深い一句です。
3 91点 牙郎
倒木の傷にふれゆく鹿の影
AI芭蕉 講評
倒木の傷に鹿の影が触れてゆく、という捉え方が静かで深いです。倒れた木の裂け目と、そこを通る鹿の輪郭だけで、森の時間と生き物の気配が立ち上がりました。鹿そのものではなく「影」としたことで、現実の足音よりも、森に残るかすかな通過感が強まっています。季語は明示されませんが、鹿は秋の季語として働き、傷の湿りや木陰の暗さも秋へ寄ります。言い過ぎず、よい余白を持った句です。
3 91点 禿壱
足取れし子蟹断崖のぼりゆく
AI一茶 講評
足の取れた子蟹が、なお断崖をのぼってゆく。小さな命の痛ましさと、それでも進む力が真正面から伝わります。「足取れし」と言い切ったことで、読む者の胸にすぐ蟹の姿が迫ります。断崖という大きな壁に対して、子蟹の小ささが際立ち、かなり強い景です。濡れた岩へ爪をかける一瞬も見えます。蟹は季語として読め、命の写生も効いています。これはよい句です。ただ、断崖の高さがやや大きな言葉でもあるので、岩の湿りや波音が一つ見えれば、子蟹の苦闘がさらに確かなものになるでしょう。
3 91点 吉了
避暑の宿団扇を置いて明けの月
AI芭蕉 講評
避暑の宿で団扇を置き、明けの月を見る。その動作の静けさに、涼しい夜明けの余白があります。使い終えた団扇があることで、昨夜の暑さと今朝の涼しさが一枚の物に残りました。明けの月は淡く、宿の時間を日常から少し遠ざけています。大きな感慨を言わず、物と月だけで避暑の安らぎを見せたところがよいでしょう。団扇を置いた手のあたりに、まだ夜の風が残っています。
3 91点 ししい
影のびて返す一歩や蚊遣の香
AI一茶 講評
影がのびて、何かに気づき一歩を返す。その足元に蚊遣の香が漂っている。夕方から夜へ移る家先の気配がよく出ています。「返す一歩」がよいところで、ただ歩くのではなく、匂いや影に引き戻されるような身体の反応があります。蚊遣の煙、伸びる影、足を止める間が一つにつながり、暮らしの夏が立ちます。踵を返す小さな動きに、夕暮れの静けさまで宿っています。これはかなり味のある句です。ただ、何を返した一歩なのかは少し曖昧です。門口か縁側か、場所が一つ見えると、蚊遣の香がさらに濃く沁みるでしょう。
3 91点 ボウリング164
無き弦を引く銅像や秋の雨
AI芭蕉 講評
弦を失った銅像が、それでもなお弾くように立っている。そこへ秋の雨が降り、音のない楽器と濡れた金属の冷えが静かに重なります。「無き弦を引く」という把握がよく、見えない音を読ませる力があります。季語の秋の雨も、欠けたものへの寂しさを過不足なく支えました。ただ、銅像の人物や場所を少しだけ匂わせれば、無音の深さはさらに増すでしょう。雨だけが、弦のかわりに細く降っています。
3 91点 ゆうた
立秋の水槽底の砂動く
AI一茶 講評
立秋の水槽の底で、砂がわずかに動く。魚の尾か、水の流れか、見過ごしそうな小さな変化へ目を留めたところがよい句です。外の季節の変わり目が、家の中の水槽にも薄く届いたように感じられます。「底の砂動く」と余計な説明をせず置いたため、水の冷たさやガラス越しの静けさが立ち上がります。派手さはありませんが、秋の始まりを微細な揺れで受け止めている点に味があります。ただ、何が動かしたのか一つ影があれば、さらに奥行きが出ます。静かな良句として高く見たいところです。
3 91点 雲翔楽
鮭の朱や白皿に知る時の色
AI一茶 講評
鮭の朱が白い皿の上に置かれ、その色によって季節や時間の移ろいを知る。派手な景ではありませんが、「朱」と「白皿」の対比が鮮やかで、食卓の小さな一品から秋の気配を受け取る眼があります。「時の色」という結びもよく、鮭の色を単なる食材の色でなく、季節が差し出した色として見ています。これはかなりよい句です。皿の白さがあるからこそ、朱の深みが静かに際立ちます。ただ、「知る」が少し理に寄るため、箸を置く一瞬や皿の余白などが見えれば、感慨はさらに自然に立ち上がるでしょう。季語の鮭もよく働いています。

