2026年9月高得点ランキング

※ランキングは、AI俳人がその月に投句された多くの作品の中から一部を選び、当該時点の基準に基づいて評価したものです。AI俳人も日々精進しているため、講評時のさまざまな状況により評点に偏りが生じる場合もあります。選外となった句の中にも優れた作品は数多くあります。ランキングは句の優劣を決定するものではなく、講評を振り返るための一つの参考としてご覧ください。

AI俳人の採点ランキング1位~3位の発表

1 94点 出金菩呂

  松茸や裂く手残る香山の朝

AI芭蕉 講評

松茸を裂いた手に香が残り、山の朝へつながってゆく。手元の具体から産地の冷えた空気まで広がる、よく締まった句です。松茸の季語は明確で、「裂く手残る香」に嗅覚と触覚が同時にあります。香りが食卓だけで終わらず、山の朝へ戻っていくところも深いです。語順も自然で、無駄が少ない。焼く前の白い繊維、指先に残る湿り、その奥にまだ暗い山がある。これは高く評価したい一句です。

2 93点 あらちゃん

  過客なる風をいなすや芒原

AI芭蕉 講評

芒原を渡る風を「過客」と見たことで、旅と季節が一つになりました。来ては去る風を、芒が柔らかくいなしている。その動きには不易流行にも通じる気配があります。芒は秋の季語として確かで、「過客なる風」の措辞にも品があります。ただ、「いなす」はやや人の所作を強く感じさせる語です。それでも、穂の傾きと風の通過がよく見える。誰も留めぬ原を、風だけが旅人として通ってゆきます。

2 93点 ゆうた

  名月や身の内深く水の音

AI蕪村 講評

「身の内深く水の音」が、名月を外の景だけに置かず、身体の奥へまで月光を届かせるような不思議な感覚を生んでいる。主軸は距離。遠く高い月と、もっとも近い自らの内側とを一息に結ぶ構図で、その隔たりの大きさが句の魅力となった。「水の音」が実際の川や池なのか、身体の内なる響きなのかを決め切らず、読む者に残す余白も深い。名月の明るさを直接描写せず、音へ転じた飛躍にも粋がある。写生の輪郭は淡いものの、景と感覚が溶け合い、読み返すほど静かな残像を深める一句である。

2 93点 古舟

  鬼灯や夕日の色をひとつ抱く

AI芭蕉 講評

鬼灯の朱を「夕日の色をひとつ抱く」と見たところが美しい。実の内側に一日の終わりの光を閉じ込めたようで、色だけでなく時間まで宿りました。鬼灯は秋の季語としてしっかり働き、夕日との同系色も単なる取り合わせで終わらず、実のふくらみへ収まっています。「ひとつ抱く」のやわらかな言い方もよいでしょう。説明を足さずに景が立ち、暮れゆく庭の静けさまで残る。赤い実だけが、日没をまだ手放していません。

2 93点 神島六男

  老眼鏡外せば秋の高きこと

AI蕪村 講評

「老眼鏡外せば」という日常の動作から、突然「秋の高きこと」へ視界を開いた飛躍が鮮やかである。主軸は距離。近くの文字を見るための眼鏡を外した瞬間、焦点が手元から遥かな空へ移る構図で、身体の老いと秋天の高さが一息に結ばれる。老眼を嘆かず、むしろ遠くを見る契機へ転じたところに軽みがあり、「高きこと」の詠嘆も素直に効く。眼鏡という現代の日用品が季語を邪魔せず、秋空の広がりを測る装置になっているのも巧い。作者の年齢と空の無限が触れ合い、説明しきれぬ明るい余韻を残す一句である。

2 93点 ゆうた

  空になる前の背骨が鰯雲

AI芭蕉 講評

鰯雲を「空になる前の背骨」と捉えた比喩が鮮烈です。細く連なる雲の骨格に、これから空へほどけていく途中のものを見たのでしょう。鰯雲は秋の季語として十分に働き、空の広がりと身体の内部が一瞬でつながりました。「空になる前」という言い方には、生き物が形を失う気配まであります。やや観念的ではありますが、像は強い。白い骨だけが、青へ溶ける直前に残されています。

2 93点 和月

  秋刀魚焼く足に擦り寄る猫の鼻

AI芭蕉 講評

秋刀魚を焼く匂いに誘われ、猫の鼻が足へ擦り寄る。台所の熱、魚の脂、足もとの小さな気配が一度に立ち、暮らしの秋がよく見えます。秋刀魚は季語として強く働き、猫を直接大きく描かず鼻へ焦点を置いたところに可愛さと写生の確かさがあります。「擦り寄る」も過不足なく、動きが自然です。食卓の賑わいを言わず、足もとだけで十分に読ませています。焦げる音の下で、猫の鼻先だけが先に秋を知っています。

3 92点 塔追

  鈴虫の声にあずけし沈黙や

AI一茶 講評

鈴虫の声に、自分の沈黙を預けている。言わずにいる思いが、虫の小さな声の中へ溶けてゆくようで、秋の夜の静けさが深い句です。「声にあずけし」がよく、沈黙をただ黙るのではなく、鈴虫へ託したところに余情があります。鈴虫は秋の季語としてしっかり働き、夜気や畳の暗さまで呼び、部屋の隅まで音が満ちるようです。大声の感情ではなく、鳴き続ける虫に心が寄るのもよい。これはかなりよい句です。縁側や障子など場が一つ見えると、沈黙はいっそう濃くなり、胸の奥に残るでしょう。

3 92点 河野栄華

  彼岸花濡れて静けき母の墓

AI芭蕉 講評

雨に濡れた彼岸花と母の墓。その二つを並べるだけで、彼岸という季語の古い層と個人的な記憶が深く重なります。赤い花の濡れと墓石の冷たさがよく見え、「静けき」と言わずとも静けさは十分にあります。ただ、その一語があることで作者の受け止め方まで明らかになり、余白は少し狭くなりました。それでも感情を直接「悲しい」と言わず、花と墓へ預けた姿勢がよい。雨粒だけが、母の名の上をゆっくり伝っています。

3 92点 禿壱

  地蟲鳴く跡形もなき津波痕

AI一茶 講評

地蟲が鳴くその場所に、跡形もない津波の痕がある。失われたものの大きさと、地の底から聞こえる小さな声が重なり、胸に重い静けさが残ります。「跡形もなき津波痕」が強く、見えぬ傷を見つめる句になっています。地蟲鳴くは秋の季語として働き、命の声が廃墟の記憶を静かに揺らします。情緒に流れず、音で悼むところがよい。草の根元に耳を置くようで、誰もいない土地の夜が深まります。これは深い句です。基礎石など一つ現物が見えると、祈りがさらに確かなものになります。声の小ささが痛い句です。

3 92点 おうぱうじばし

  あんぱんを二つに割ったビルの月

AI蕪村 講評

「あんぱんを二つに割った」と「ビルの月」を並べたことで、手元の丸い食べ物と都会の月とが思いがけず呼応する。主軸は構図。近景に割られたあんぱん、その向こうにビルの輪郭と月を置けば、日常の小さな円と遠い天体とが一枚に収まる。「二つに割った」には誰かと分ける人の気配もあり、説明されない関係が余白として残る。月そのものを餡やパンに喩え切らず、並置に留めたのもよい。都会的な景と素朴な食べ物の距離に可笑しみと温みがあり、作者固有の視線を感じさせる一句である。

3 92点 白梅

  秋茄子を亡き母真似てぬか床へ

AI芭蕉 講評

秋茄子を亡き母の手つきに倣ってぬか床へ入れる。その動作だけで、食卓の記憶と供養にも似た静けさが立ち上がります。秋茄子の季語がよく働き、濃い紫の艶とぬか床の匂いが、母の不在を近くしました。「真似て」と言い切る素直さも、この句では温かく響きます。説明を足さず、手の動きに思いを託しているのがよいところです。ぬかの中へ沈む茄子に、もう一つの手が重なって見えます。

3 92点 行々子

  松茸や燒くも割くのも父の指

AI芭蕉 講評

松茸を焼くのも割くのも父の指である。その手元だけを見て、香りと記憶を呼び起こしているところがよいです。松茸は季語として強く働き、父の指という具体が加わることで、単なる秋の味覚ではなく家の時間になりました。「燒く」の旧字も、炭火や昔の食卓の気配に少し寄り添っています。大きな感情を言わないぶん、父の存在が近い。裂かれた白い身から、言葉にしない年月の香が立っています。

3 92点 ゆうた

  鬼灯の破れの奥を光ゆく

AI蕪村 講評

「破れの奥を光ゆく」が、鬼灯の裂けた実を小さな窓のように扱い、その内部へ光を通したところに鋭い眼がある。主軸は光。薄く崩れた殻を近景いっぱいに据え、網目や裂け目の向こうを一筋の明るさが抜ける構図は、秋の衰えを暗さではなく透過する光として描く。「ゆく」の動きも、静物にわずかな時間を与えている。破れと光という対照が説明なしに生と衰微を感じさせ、鬼灯の季語も像の中心から動かない。小さな対象から奥行きを引き出した、絵師の眼にかなう一句である。