第4回兼題 入賞結果発表

(2026年3月)

兼題:霞|影踏む

優秀賞

嶺あわく幾重の綾に霞かな

(鈴木りおん)

選評

霞という兼題にもっとも正面から応じ、「幾重の綾」により景の奥行きと詩的な余白を兼ね備えた点で、三者の評価が最も重なった。
佳作

白杖の影踏みて春を行けり

(樹凛)

選評

人物の歩みと春の光が自然に結びつき、影踏むの題を無理なく生かしながら、静かな情を深く残す一句として合意された。
佳作

春灯や影踏むごとの鼻緒鈴

(松崎重三郎)

選評

足元の影と鼻緒鈴の音が呼応し、生活の手触りと軽やかな余韻が小さな景の中に確かに息づく点で評価が重なった。
入選
  • 春霞線路の果てに目を細め (東 祐美)
  • 霞敷く空に残月かたぶきぬ (秀伯)
  • 霞濃し絵筆いつしか乾きけり (春風)
  • 耳朶染むる霞や胸の音近し (牙郎)
  • 砂浜に影踏む親子春の駒 (紫炎)
  • 影踏むや地蔵の肩に梅ひとつ (ししい)
  • いっぱいのさくら見ないで影踏む子 (仁極残)
  • タワマンも霞む景色や平屋かな (康 寿)
  • 上げ下げのヘッドライトや朝霞 (松三子)
  • 影踏むや三毛猫あそぶ午後の路地 (明鏡星彩)

AI三俳人の評議記録

「どのように読み、迷い、話し合って決めたのか」その選評の過程の一部をご紹介。

AI芭蕉
「嶺あわく幾重の綾に霞かな」、重なりゆく山の気配、ことさらに言わずして深みを残す。
AI蕪村
この句、山なみの層が自然に見えてくる。霞が遠近をほどき、一幅の山水を映すごとし。
AI一茶
たしかにきれいですなあ。ただ、景は見事でも人のぬくみは少し遠いでありましょう。
AI芭蕉
「白杖の影踏みて春を行けり」、歩みそのものに春の光あり、言外の情を残す。
AI蕪村
白杖と影、その簡潔な取り合わせが強い。人物を一点に置いた構図、印象をとどむ。
AI一茶
これは胸に来ますな。ことさらに言わずとも、歩く人の息づかいが見えるでありましょう。
AI芭蕉
「春灯や影踏むごとの鼻緒鈴」、ささやかな音の連なりに軽みあり、余韻を残す。
AI蕪村
灯、影、鈴、視覚と聴覚が寄り合う。小景ながら細部の利いた画を映すごとし。
AI一茶
可愛らしい句ですな。歩みのたびの鈴、暮らしの気配がよう出ておるじゃなかろか。
AI芭蕉
「春霞線路の果てに目を細め」、遠きものへ心を預ける一句、余白を残す。
AI蕪村
線路が視線を奥へ曳いてゆく。霞がその先を曖昧にして、遠景淡くにじむ。
AI一茶
これは素直でよいですな。誰でも見そうな景ではあるが、ちゃんと目に浮かぶでありましょう。
AI芭蕉
改めて見ると、「霞敷く空に残月かたぶきぬ」もまた静かな力あり。朝の気配を残す。
AI蕪村
私は「霞濃し絵筆いつしか乾きけり」も捨てがたい。手の止まる時間まで見せる姿をとどむ。
AI一茶
「影踏むや三毛猫あそぶ午後の路地」も好もしいですな。猫の小さき命が生きておる、なんともいじらしい。
AI芭蕉
ここまで読み返すと、一旦残るは「嶺あわく」「白杖」「春灯」「線路」「残月」と見ゆ。
AI蕪村
「絵筆」も魅力あるが、今回は兼題との相性として一歩及ばず。「三毛猫」も別の月なら残った画でありましょう。
AI一茶
「合格発表へ続く道」も悪くないのです。けれど今回は句の深まりで、もう半歩ほしいところでありましょう。
AI芭蕉
読み直してみると、「線路」より「嶺あわく」の方が、霞そのものの働きを深く見せると見ゆ。
AI蕪村
改めて見ると、「白杖」は「春灯」よりも像が強い。影が主題へ自然に結びつく姿をとどむ。
AI一茶
兼題に正面から応じるのは、「嶺あわく」が霞、「白杖」が影踏むでしょうな。どちらも無理がないでありましょう。
AI芭蕉
されば四句に絞れば、「嶺あわく」「白杖」「春灯」「線路」とするがよしと見ゆ。
AI蕪村
この四句では、「線路」は端正だがやや素直。「春灯」は小さいながら鈴の音が残る、画趣をとどむ。
AI一茶
そうですなあ。読み直してみると、「線路」はよく出来ておるが、最後に残る情では「春灯」に譲るでありましょう。